広島高等裁判所 昭和27年(う)520号 判決 1952年10月08日
控訴人 被告人 吉田孟
弁護人 高橋武夫
検察官 杉本伊代太関与
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
弁護人高橋武夫の控訴趣意は記録編綴の同趣意書記載のとおりであるから茲にこれを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
供出割当数量が実収高を超過する場合にはその超過部分については供出義務はないものと解すべきであるが、しかし所定の手続を経て一旦決定された割当数量から所論のように自家保有米に相当する数量を控除しその残量を供出すれば足るとするが如き規定は食糧管理法上全然なく食糧管理法の建前としては割当数量が実収高を超過するが如き場合を除き正規に決定された割当数量は一応その全量を供出せねばならないものと解する外はないのである。(昭和二六年(れ)第九七八号同年一二月七日最高裁判所判決参照)所論の食糧管理法施行規則第三条の二は生産数量が保有数量に満たない生産者即ちいわゆる飯米農家に対する供出割当に関する特別規定であつて、本件被告人のように生産数量が保有数量を遥かに超過する生産者に対し適用さるべき規定でないことはその文理に徴するも明らかなところであるから右規定があるからと言つて前記の解釈を左右するに足らないのである。ところで本件において正規の手続を経て決定された被告人に対する昭和二四年度産米の最終供出割当数量は一四石二斗七升であることは記録により明らかなところであるが、この点に関し所論は同年度の被告人の実収は自家の保有米二石七斗一升七合を差引いた残りが一一石三斗六升五合しかなく即ち一四石八升二合しか実収はなかつたと主張するのであるけれども、原判決挙示の下北方村二ケ村組合村長堀井勲三作成の昭和二四年産米供出未完了者調書検察事務官作成の差押調書の各記載と原審証人仙誉正美、佐々木圭三、宮尾光士、梅本義雄、当審証人堀井勲三、松浦寿多、仙誉正美の各供述を綜合すると、同年度における被告人の実収高は少くも一四石九斗九升以上(右数字は災害による免責調査の際における実収査定委員会の査定数量で被害を最大限度に見積つた数量である)であつたことが認められ、右認定を覆し被告人の前記主張を肯定するに足る証拠は存しないところである。従つて右のように供出数量が実収高を超過したものでない以上被告人は前記一四石二斗七升全部の供出を拒否することはできないものといわねばならない。更に所論は保有米を割かなければ供出の完遂ができないような割当を為しその一部が未完了になつたとて食糧管理法に触れるというのであつては憲法に保障する基本的人権たる生存権に対する侵害であつて憲法違反であると主張するけれども当審証人堀井勲三、仙誉正美の供述等によつても明らかなように、若し保有米が真になくなればいわゆる還元配給の方法によつて配給を受ける途が存して居り、現に被告人の部落等においても多数の生産者が還元配給を受けている事実が認められるところであるし、又食糧管理法は憲法に違反するものでないことは既に昭和二三年一二月八日最高裁判所の判例(昭和二二年(れ)第三四二号)の示すとおりであつて、同法の目的を達成するため供出義務の不履行者に対し刑罰を以て臨むことも已むを得ないところであるというべく右は何等憲法に違反するものではない。所論はすべて独自の見解であつて採用し難い。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却すべきものとし、当審における訴訟費用につき同法第一八一条第一項に従い主文のとおり判決する。
(裁判長判事 秋元勇一郎 判事 尾坂貞治 判事 高橋英明)
控訴趣意
被告人の昭和二十四年産米の実収高は村長の指示した供出割当高に達せず、実際供出したものが十一石三斗六升五合であるから、保有米二石七斗一升七合を差引いた残り全部を供出したのであつて、差額二石九斗五合は供出することが出来なかつたのである。かかる場合、保有米を割いてまで供出しなければならないかというと、食糧管理法施行規則第三条の二の規定は供出優先より保有優先を認める原則を示しているものであり、のみならず生産者が不当過酷な供出量の割当を受け、保有米を割かなければそれの完遂が出来ない場合に、保有米を割かず、従つて供出量の一部が供出未完了となつた場合に食管法に触れるというのであつては、憲法の保障する基本的人権たる生存権に対する侵害であつて憲法違反である。しかして原判決はこの誤りを犯しているから破棄せられたい。